大型連休が明け、新社会人、新入生、
新たな環境にも慣れそろそろ念願のサーフィンデビュー。
そんな人たちが海に溢れてくる頃だ。
優しいおにいさんおねーさんサーファーの皆さん、
ビギナーには海の怖さとすばらしさきちっと体験させてあげましょうね。
誘いは優しく厳しく。
denisとnoriに会って4年が経つ。
初めて会ったとき、なんと明るくパワフルな奴らだろうと驚いた。
そんな彼らも会社を作ったり、家を作ったり、この4年でさらに進化した。
俺の方は相変わらずだ。お客さんもポチポチ。
相変わらずサラリーマンと修理の親爺、二足の草鞋状態。
でも、結構楽しんでもいる。修理で関係が出来た人たち、必ず板やウエット買ってくれる。
人間関係作り、楽しい。親爺だから、薀蓄語っても、しょうがないと諦めて聴いてくれる。
旅の事、サーフィンの事、就職の事、結婚生活の事。それと少々生意気な生き方のこと。
俺が始めてサーフィンを観たのは、高校生のとき。今から役25年前。
「ビッグウェンズデイ」だった。ロペスやジャンマイケルビンセント。
どこで何をやっているのかまったく理解していなかったが、かっこ良かった。
たまたま、ひとつ上の先輩達が大学に入りサーフィンを始めていて誘ってくれた。
憧れが実現した。初のゲットは部原だった。サイズは多分胸〜肩だと思う。
出るのに1時間、それまでに何十回も食らった。水も飲んだ。必死で出た。泳いだ。
たまたま先輩達の中にたどりついてた。セット、先輩が後ろから板押してくれた。
そのまま板にしがみつきながら面を滑っていった。そしてゴッチーン。グシャグシャ。
疲れきって、浜で先輩達を見ていた。そのうちうたた寝。蹴っ飛ばされて起きる。
飯食って、午後は御宿。少しパドルの真似事。また上がって寝る。帰りの車、もち寝る。
ともかく疲れた。カッコはいいけど、辛い。これが第一印象。
その先輩達と当時江場土に家を借りた。ちょうどnoriの家の通りはさんだ向かい側あたり。
そこにはシークエンスの蛸さんの家もある。
我がクオーターサーフの黒木さんの家と工場もある。
久我孝男がシークエンスのライダーだった。まだ高校生。
免許が無いので俺が運転手のこともあった。
修自君もよく遊びに来てた。彼は検見川出身。先輩と中学が同じ。
酒飲んだり、波乗りしたり。
今ほど志田も混んでなく、楽しく遊んでた。
今もトッププロの彼らとサーフィンできたことはラッキーだった。
目の前でたくさんのものを見せてもらった。彼らはいつもアグレッシブでかっこよかった。
一緒に酒飲んでる奴が、雑誌の表紙を飾ってる事に、なんの違和感もなかった。
当然だと思っていた。
孝男のサーフィン。戦闘的。この波乗ろうと決めたら絶対逃さない。
よく飲んだときにあいつの足の裏見た。
「お前吸盤隠してるだろう?」と。絶対に転ばない。
最近は腰も首も悪くリッピングに少々切れが無いけど。
でもイケテル40才だ。極寒の一宮でもスプレー飛ばしまくってる。
修自君は、賢い。サーフィンを長く続けるためには体を冷やさない。だからハワイに住んでる。
そして、44才でもバックドア8ftの波、6’1”の板で平気でかぶってる。すごすぎる。
さて、親爺の人脈自慢にも飽きたことでしょう。お題は何だ?と思ってらっしゃる方へ。
人生人との出会い、風景との出会い、チャンスとの出会い、
これがとても大切だと言うことを伝えたい。
そして、この出会い、あとからその大切さに気づくと言うこと。
だから、どんな人との出会いも大切に。
海で知らない親爺に「ここは危ないから、あっちの堤防脇が良いよ」と言われたら、
にっこり「ども」と。
知らない土地で、良い波譲ってもらったら「ありがとう」とにっこり。
食堂でおばちゃんが「おまちどう」って運んできてくれたら「ごち」とにっこり。
いつでも、どこでもこんな感じでいて欲しい。そんなあなた達ならきっと出会えます。
素敵な夕日の中、終わることの無いスベスベのショルダーに。
笑い声だけが聞こえるグリーンのバレルに。
サーフィンデビューする老若男女へ老婆心ながら。
まず訊いてみる。訊ねてみる。ここは入っていいのか。
ビギナーならどの辺りで待ってるといいのか。
美味い飯屋はどこか。風の向き。うねりの向き。潮の干満。地形。水温。
そして、必ず「ありがとう」。また会った顔なら「こないだはどうも」。
この態度と、心をもっていれば、きっと楽しい波乗り人生が送れます。
サーフィンは厳しくタフなスポーツ。でも、絶対他では味わえない感動を自力で掴めます。
目標と達成感を味わいたい人にも、リセットしたい人に、最高にお勧めの遊びです。
そしてdenisやnoriのような素敵な人を大切に。海と太陽に感謝して。
考えてないで行動。サーファーはいつでも「go for it !」だよ。